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和歌山地方裁判所 昭和46年(ワ)15号 判決

原告

寺井逸郎

被告

右代表者法務大臣

郡祐一

右指定代理人

渡辺丸夫

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者が求めた裁判

一、原告

被告は、原告に対し二千万円とこれに対する昭和二七年一月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文と同旨の判決

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  新潟県販売農業協同組合連合会(以下農協連という)は、昭和二五年一二月一一日和歌山地方裁判所に、原告を被申立人として破産の申立をした。

これに対し、同裁判所裁判官Aは、昭和二六年一二月一五日に原告を破産者とする決定をし、同時に債権届出期間を昭和二七年一月七日まで、第一回債権者集会および債権調査期日を同年一月一四日午後一時とする旨決定した。

同裁判官は、同年四月九日右の債権届出期間を同年四月三〇日まで、第一回債権者集会および債権調査期日を同年五月八日午後一時にそれぞれ変更する旨の決定をしたが、右債権届出期間までに届出債権はまつたくなかつた。

同裁判官は、同年五月八日の第一回債権者集会および債権調査期日において、債権未届のため期日を続行する旨決定し、その後十数回にわたり期日が続行された。

(二)  しかし、右裁判官がした右破産宣告は違法である。

すなわち、本件破産の申立は、破産原因が存在しないにもかかわらず、農協連が執行力を伴なわない無名義債権(停止条件附債権)につき、原告にその債務の履行を強制するためにしたものである。そして、農協連は右の目的を達成するため、昭和二五年一二月三日原告を詐欺罪で新潟市警察署に告訴し、昭和二六年一月二六日同警察署員をして原告を逮捕させるとともに原告との取引に関する一件書類を押収させたうえその行方を不明にし、原告が右書類を利用して破産原因の不存在を立証することを妨害したのである。

そこで、破産の被申立人である原告とその代理人である弁護士志波清太郎は、本件破産手続において、担当裁判官Aに対し、原告の刑事被疑事件(のちに「嫌疑なし」で不起訴となつた)について押収された重要書類が検察庁の手裡にある旨を告げてその取寄せ方を上申したが、同裁判官は、挙証の責任は当事者にあるからといつてその取寄せをしなかつた。そこで、その後原告と右志波弁護士は昭和二六年一二月七日和歌山地方検察庁へ行き、同庁横川検務課長および証拠品領置係官岡本事務官の協力を求めたが、結局同庁には該当物件は保管されていないことが判明するにいたつた。

しかし、もし右裁判官が、右書類の取寄せをし、被申立人である原告本人の審尋をしていたならば、原告の財産状態および信用状態が直ちに判明したから破産原因を認定することもなく、また押収書類によつて破産申立債権の不存在が疎明されて結局破産宣告をしなかつたはずである。

そして、本件破産の申立は、申立の際疎明すべき破産債権および破産原因の疎明資料を申立書にまつたく添付していないのであるから、申立の真意が疑わしいことは明白であり、他方破産宣告の破産者に対しておよぼす有形、無形の影響ははかりしれないものがあるのであるから、担当裁判官としては、破産法(以下法という)一一〇条二項にもとづき、前記書類の取寄せと原告本人の審尋を実施して破産原因の存否等を調査すべき義務があるにもかかわらず、前記裁判官は同法の解釈・適用を誤つてこれらの調査をせず、きわめて軽率安易な審理にもとづいて破産宣告をしたのである。

(三)  また、前記A裁判官が破産終結を怠つたのは違法である。

すなわち、前(一)記載のとおり、債権届出期間までに届出債権はまつたくなかつたのであるが、このような場合裁判官はただちに破産を終結させる決定をすべきである。しかるに本件の担当裁判官はこの手続をとることなく、やたらに時日を経過するにまかせた。その結果、原告の破産廃止の申立(昭和三七年一二月一〇日)により和歌山地方裁判所が昭和三八年八月二〇日に破産廃止の決定(同年一一月三日確定)をするまでの間、原告は長年月にわたり破産者の身分におかれたのである。

(四)  右裁判官の右のような不法行為により、原告は次のとおり精神的損害をこうむつた。

原告は、旧田辺藩主安藤候の家老の家に生まれ、和歌山県内の知名の士に縁戚関係者が多く、また戦前から各種公共団体、会社の役員等を歴任してきた。そして、本件破産宣告当時、原告は藁工品の集貨販売業を営み、広く和歌山県内外の業者と取引をし、業界上位の実力者であつた。

しかるに、本件破産宣告を受けた結果、原告は、長年月にわたり営業活動の自由を制限され、銀行取引を拒否されただけでなく、同業者や得意先をはじめ一般社会における信用、名誉、社会的地位をも失墜した。また、原告の当時の収入は一か月につき一〇万円を下らなかつたが、これを得ることもできなくなり、そのため、財産のほとんどを売り食いするほかないような窮状に陥つた。その他、本件破産宣告の結果、当時原告の有していた多額の債権が時効その他の理由で回収不能となつたりした。

右のとおり、原告は本件不法行為により物質的にも精神的にもばく大な損失をこうむつたのであり、これに対する慰謝料はすくなくとも五千万円を下らない。

(五)  以上の次第で、被告は国家賠償法一条一項により、A裁判官がした前記の不法行為によつて原告がこうむつた前記損害を賠償すべき義務があるから、右のうち二千万円とこれに対する前記(三)の不法行為の日である昭和二七年一月七日から完済まで民事法定利率にもとづく年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因事実に対する被告の答弁と主張

(答弁)

(一) 請求原因(一)項の事実は認める。

(二) 同(二)項の事実のうち、本件破産宣告前に被申立人である原告本人の審尋がされなかつたこと、破産申立の際に申立書に破産債権および破産原因の疎明資料を添付していなかつたことは認めるが、その他は争う。

(三) 同(三)項の事実のうち、請求原因(一)項記載の債権届出期間までに届出債権がまつたくなかつたこと、そのころ担当裁判官が破産終結決定をしなかつたこと、および原告主張のとおり、原告の破産廃止の申立により破産廃止の決定がされるまでの間、原告が破産者の身分におかれたことは認めるが、その他は争う。

(四) 請求原因(四)項の事実は争う。(被告の主張)

(一) 本件破産宣告は、原告が選任した代理人弁護士志波清太郎の関与のもとに、昭和二六年一月二二日から同年一一月一二日までの間一二回の口頭弁論を開いて審理が重ねられ、この間双方から書証が提出され、また、証人二名(うち一名は原告側証人)の取調べをも施行したうえ、破産原因の証明がじゆうぶんであると認定してされたものである。

そして、法一一〇条二項は、職権調査を裁判所の裁量に委ねたものと解されるところ、原告主張のような刑事被疑事件の押収書類の取寄の申立がされた事実はなく、また、右のような本件破産手続の経過のもとでは、被申立人本人の審尋をしなかつたことが、職権調査に関する裁判所の裁量を誤つたことになるとはいえない。

以上の次第で、破産原因の存否の審理につき担当裁判官がした処置に過失はなく、本件破産宣告は適法である。

(二) つぎに、破産終結決定は、最後の配当による場合(二八二条)と強制和議による場合(三二四条)にされるところ、届出債権者がない場合に裁判所が職権で破産終結決定をすべきことを定めた規定はない。しかも、本件の場合には、次に述べるとおりの経過で配当のための手続が進行され、かつ、原告からも強制和議の提供までしているのであつて、職権による終結決定などということはおよそ問題とする余地のないことが明白である。

本件破産宣告に対し、破産者(原告)から即時抗告がされ、大阪高等裁判所は昭和二七年一月二四日これを棄却し、同決定は確定した。その間債権届出がなかつたので、和歌山地方裁判所は原告主張のとおり債権届出期間等を変更した。そして、同年五月八日に第一回債権者集会を開いたところ、破産管財人中尾武雄から調査報告書が提出されず、また、破産債権の届出もされていないためこれら期日を順次続行した。その間、破産管財人から示談進行中を理由に右期日の延期申立、破産管財人から調査未了を理由に右期日の続行申立が続けられ、ついで同年一一月四日から昭和二九年九月二二日までの間に計五件の破産債権の届出がされ、かつ管財人からも昭和二八年九月一〇日に調査報告書が提出されたので、同日第一回債権者集会兼債権調査期日を開き、第一回債権者集会は終結し、債権調査期日だけ破産管財人の申立で続行され、同年一二月一七日に調査を完了するにいたつたのである。その後破産者(原告)から破産手続の進行に関し、各種異議その他の申立が反覆されたため手続は遷延を重ねた。そして、原告は昭和三六年九月二二日強制和議の提供を申立て、同年一一月二八日否決されるや、再審申立、破産廃止申立をするにいたつたのである。

三、被告の抗弁

本件破産宣告がされたのは昭和二六年一二月一五日であり、破産廃止決定がされたのは昭和三八年八月二〇日であるから、損害賠償請求権は右の各日からそれぞれ三年を経過した昭和二九年一二月一五日か昭和四一年八月二〇日をもつて時効により消滅した。

四、抗弁事実に対する原告の答弁

抗弁事実のうち時効の起算点に関する主張部分を争う。

原告が、本件不法行為による損害と加害者が国であることを知つたのは昭和四五年九月三〇日である。すなわち、原告が農協連を相手方として新潟地方裁判所に提起している損害賠償請求訴訟において、右同日、担当のM裁判官から「国に責任がある」といわれて、はじめて右の事実を知つたものである。

第三、証拠関係〈略〉

理由

一、請求原因(一)項の事実(本件破産宣告の存在とその後の手続経過)は当事者間に争いがない。

二、本件破産宣告は、破産法一一〇条二項の解釈・適用を誤つた違法があるとの主張について

原告本人は、本件破産手続において、破産原因の有無の解明のためには、原告に関する別件刑事被疑事件について押収された書類の取調べをすることが必要であるので、担当裁判官に対し、右書類の取寄申請をしたにもかかわらず、担当裁判官はその取寄せをしなかつた旨供述する。

しかし、本件破産事件の記録であり、〈証拠〉中にも前記書類の取寄申請書がなく、また各口頭弁論期日調書中にもこれをうかがわせるような記載がまつたく認められないことに照らすと、右供述はとうてい採用できないし、他に右取寄申請をしたことを認めるにたりる証拠もない。

したがつて、担当裁判官が原告の書類取寄申請を容れなかつたから違法であるとの主張は、その前提を欠くものであり、この点においてまず理由がない。

ところで、裁判所が破産原因を審査するにあたつては、破産原因の存在については単なる疎明ではたらず、証明の程度の心証を形成するにいたるべきであり、ことに債務者が破産原因の存在を争つている場合には、裁判所は債権者に対し立証を促すほか、みずからも職権で必要な限りの調査をすることができるし、またこれをしなければならないものである。法一一〇条二項は、右の法意を宣明したものと解される。もつとも、破産法の諸規定をかれこれ検討するときは、同条項の規定は、いわゆる職権探知まで認めた趣旨とは解しがたく、申立債権者に主導権のある弁論主義を前提としながら、補完的職権主義の立場を採用したものとみるべきである。そして、具体的にどの程度の職権調査をするべきかは、当事者から提出された証拠と裁判所の心証形成との相関関係によつて限定される裁量的なものというべきである。

これを本件について考えると、前掲の本件破産事件記録に徴しても、原告が裁判所に指摘したと主張する問題の押収書類が、本件破産事件記録における事案の解明につき、原告主張のような重要性を有していたと推認するにたりる事情はうかがいえない。また、担当裁判官が、本件破産事件において職権で原告本人の審尋をしなかつたことは当事者間に争いがないところ、右記録に徴しても、本件破産原因の存否について、原告本人の審尋を施行しなければならないほどの必要性があつたとも認めがたい。

かえつて、右記録と弁論の全趣旨によれば、本件破産宣告手続において、破産申立人および被申立人(原告)双方から書証が提出され、また申立人申請の証人一名、被申立人申請の証人一名がそれぞれ取調べられていることが認められ、右事実によれば、担当裁判官は右証拠によつて破産原因等の証明がじゅうぶんであるとの確信を得て、本件破産宣告をしたものと推認することができる。そして、右証拠によれば、本件申立にかかる破産原因存在につき証明ありとしても、あながち無理ではないと認められるから、担当裁判官が右証拠調以外に、進んで職権をもつて原告指摘の前掲書証の取寄せあるいは被申立人である原告本人の審尋をしなかつたからといつて、直ちに前述のような、裁判所のなすべき職権調査に関する裁量を誤つた違法があるとは認めがたい。

そうすると、押収書類の取寄せおよび被申立人本人審尋をしなかつたことが法一一〇条二項の職権調査義務に違反し、そのため本件破産宣告が違法である、との原告の主張は理由がない。

三、債権届出期間内に届出債権が皆無であつたのに、ただちに破産を終結させる決定をしなかつた違法があるとの主張について

まず、請求原因(一)項記載の債権届出期間までに届出債権がまつたくなかつたこと、そのころ担当裁判官が破産終結決定をしなかつたことは当事者間に争いがない。

ところで、裁判所は、破産宣告と同時に債権届出期間を定め(法一四二条一項一号)、これを公告するとともに、知れたる債権者には右事項を記載した書面を送達することとされている(法一四三条一項三号、二項)が、右の届出期間内に届出債権がまつたくない場合、破産手続をどのようにすべきかについては、直接これを定めた規定はない。この場合、破産手続に参加する者がまつたくないのであるから、破産手続を続行する必要も実益もないだけでなく、そもそも続行することは不可能だというべきである。したがつて、このような場合には、破産者は、ただちに破産廃止の申立をすることができると解される。そして、破産者が右の申立をしないときは、裁判所は、期間後の届出見込み、あるいは期間後の届出があつても、その取下げがあつたことを確認した場合には、法三五三条の規定を類推し、破産管財人の申立により、または職権をもつて破産廃止の決定をすることができるとともに、右のような事態の場合にはむしろ可及的速やかに破産廃止をするべき義務があると解すべきである。〈けだし、法三五三条は、破産財団が極めて貧弱で破産手続の費用さえ償うにたりないことが明らかであるため、破産手続の進行不可能の場合の措置を定めたものであるところ、債権届出期間が経過しながら届出債権者が皆無である場合も、爾後の破産手続の進行が不可能である点においては右費用不足による場合となんら異なるところはないからである〉。また、破産宣告は、破産者に対し、居住制限・通信の秘密の制限をはじめ、公法上ならびに私法上の各種の資格を失なわせるなど、極めて重大な不利益をもたらすものであるから、破産手続を進行する理由がなくなつた以上、すみやかに破産者としての地位から解放すべきものである。そして、右のような場合、すでにみたように破産者みずから破産廃止の申立ができるけれども、それは明文の規定があるわけではないから、法律の専門家でない破産者(破産宣告手続中は法律の専門家である弁護士を代理人として委任することはあつても、いつたん破産宣告があつて確定し、その後の手続を進める段階では、もはや破産者に右のような代理人のいないことがむしろ一般的である。)がみずから右のような申立をすることは通常期待しがたいからである。

これを本件についてみると、すでに認定したとおり、担当裁判官は、本件破産宣告と同時に、債権届出期間を昭和二七年一月七日までと定め、その後同年四月九日に右届出期間を同年四月三〇日までと変更した(法一四二条一項一号の債権届出期間は法定期間であるから、法一〇八条、民訴法一五八条一項により、あらかじめ右期間を伸長することができると解されるが、いつたん期間が満了したのちは、効力発生後であるから期間を伸長することはできないというべきである。したがつて、本件で、右のように期間満了後にされた届出期間の変更決定の効力は大いに疑問である。)が、いずれも右期間までに届出債権はまつたくなかつたところ、前掲乙一号証の一ないし七五によれば、その後六か月余を経た同年一一月四日になつてはじめて新潟県経済農業協同組合連合会から、また、昭和二九年一月一九日に株式会社紀陽銀行、同年九月二二日に木村辰四郎からそれぞれ破産債権の届出がされて、破産手続が進行されたことが認められる。

そして、右の事実によれば、裁判所が本件破産手続を進行させたことは、一見適法であつたかのような感を抱かせるのであるが、前述のように、裁判所は、債権届出期間内に届出債権が皆無である場合には、破産者に対し破産廃止の申立を促すか、このような申立のない場合には期間後の債権届出の見込等を検討のうえ可及的速やかに職権をもつて破産廃止の決定をなすべきものであるところ、本件については、前掲の本件破産記録を調べても、担当裁判官が右のような然るべき措置をした事跡はうかがえないし、むしろ担当裁判官は、届出期間経過後六か月余にわたり無為に期間後の届出債権者の出現するにいたるのを待つたに過ぎない状況であつたと認めるのが相当である。担当裁判官の右不作為は、著しく妥当を欠くというよりむしろ前述の義務に違背した違法があるものといわなければならない(もつとも、この場合、右にみたように破産者自身の破産廃止の申立権は失なわれないのであるから、破産者の保護に欠けるところはないとも一応は考えらるが、すでに説明したとおり、法律の専門家でない者に、常に右の申立を期待することは妥当でないというべきである。)。

四、そして、以上のような事実関係によれば、担当裁判官は、その職務を行なうにつき過失があつたと認めるのが相当である。

五、そこで、被告の時効の抗弁について判断する。

昭和三八年八月二〇日に、原告に対する破産廃止決定がされたことは当事者間に争いがない。

ところで、〈証拠〉によれば、原告は、昭和三七年一二月一〇日、破産裁判所に対し、「債権届出期間内に届出をした債権者が皆無であり、かつ期間後の届出債権者の同意は不要である」として破産廃止の申立をしたが、昭和三八年二月一二日同裁判所において右申立が却下されるや、同年二月一三日大阪高等裁判所に対し、「債権届出期間内に届出がない場合、破産者からの破産廃止の申立のない限り、裁判所は破産を終結する義務があるにもかかわらず、荏苒これを放置し、破産手続を継続したのは違法である」旨主張して即時抗告の申立をしたところ、同年四月三〇日同高等裁判所は、原決定を取消し、事件を和歌山地方裁判所に差戻す決定をしたので、同地方裁判所は前述のとおり同年八月二〇日、本件破産を廃止する旨決定するにいたつたことが認められる。そして、右の主張は、原告の本訴請求原因(三)項の主張と同一内容であり、原告主張のとおり担当裁判官が職権をもつて速やかに破産廃止決定をしなかつたことが違法であることは前述のとおりであるから、原告はおそくとも右即時抗告申立当時には、担当裁判官の職務行為が違法であることを知つたものというべきである。しかして、前掲の本件破産記録、〈証拠〉によると、原告は、本件破産宣告を受けて以来、破産法上の手続に則つて破産者としての権利主張をし、あるときは債権表記載事項更正の申立をし、あるときは強制和議の提供をし、それらが否決されるや、前述のように本件破産廃止の申立、あるいは破産宣告決定に対し再審の申立をするなどし、その結果、前述のように破産廃止決定をみるにいたつたのであるが、その間破産者としての地位に呻吟し、精神的苦痛をこうむつたことが認められるところ、以上のような破産廃止決定をみるにいたるまでの経過に徴すると、原告は、おそくも前記即時抗告の申立をした昭和三八年二月一三日ころには担当裁判官の違法な職務行為によつて損害をこうむつたことをも知るにいたつたものと推認するのが相当である。

そして、国家賠償法にもとづく国の損害賠償責任については、被害者が、国の公権力の行使にあたる公務員が不法行為をしたことを知れば、民法七二四条にいう「加害者を知」つたことになると解するのを相当とするところ、裁判官が国の公権力の行使にあたる公務員であることは、通常人であればだれでも知つているはずであるから、原告もこれを知つていたと認めるべきものである。そうすると、原告は、前記のとおり担当裁判官の違法行為を知るとともに、加害者すなわち損害賠償責任の負担者が国であることも知つたものと考えなければならない。

以上の点に関し、原告は、農協連を相手方として新潟地方裁判所に提起している損害賠償請求訴訟において、昭和四五年九月三〇日に右事件の担当裁判官から「国に責任がある」といわれて、はじめて本件不法行為による損害と加害者が国であることを知つた旨主張するが、右主張事実にそう原告本人尋問の結果は、前記認定の諸事実に照らし採用しがたく、他に前記認定を左右するだけの証拠はない。

以上によれば、原告は、おそくとも昭和三八年二月一三日ころには、前記三の不法行為による損害と加害者を知つたものというべきである。

そうすると、原告の被告国に対する右不法行為にもとづく損害賠償請求権は、右の日のあとである同年八月二〇日から三年を経過した昭和四一年八月一九日の満了とともに時効により消滅したものといわなければならない。

六、そうすると、原告の被告国に対する本訴請求は理由がないことに帰するから、これを棄却することにし、訴訟費用の負担については民訴法八九条にしたがい、主文のとおり判決する。

(諸富吉嗣 大藤敏 喜久本朝正)

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